Jさん(仮名・60歳男性・愛媛県・嘱託勤務)から届いた話。
2003年設立のAIJ投資顧問株式会社による、運用消失事案。Jさんは直接の契約者ではない。所属していた中小企業の厚生年金基金が、運用先の一つとしてAIJに資金を委託していた──いわば、間接被害者の話である。
2012年2月、金融庁検査で運用実態の虚偽報告が発覚、業務停止命令。報道では消失額約1,458億円規模、複数の中小企業年金基金が運用元本を失った。2015年、浅川和彦元社長への懲役15年の実刑判決が報じられている。
※本記事はJさんへの取材を中心に、社名・行政処分・刑事判決の事実関係を当時の大手新聞社の報道に基づき補足しています。Jさんは直接の契約者ではなく、加入していた厚生年金基金経由の間接被害者として記録しました。
40年、地元の電子部品工場で働き続けて
Jさんが地元の電子部品メーカーに就職したのは、高校卒業の年。それから40年、製造ラインから設備保全、最後は工場長補佐まで。2025年3月、定年退職。退職後は嘱託で週3日、後輩への技術伝承を続けている。
「給与から天引きで、毎月、企業年金の積み立てが引かれていた。それは、現役のあいだ、ずっと当たり前のように見ていた数字でした」
その数字の運用先のひとつに、AIJ投資顧問が含まれていた──Jさんがそれを知ったのは、退職の半年前のことだった。
2012年2月、金融庁検査で発覚した『虚偽報告』
2012年の2月。金融庁の検査でAIJ投資顧問による運用実態の虚偽報告が発覚、業務停止命令が出された。
当時の報道では、消失額は約1,458億円規模。複数の中小企業年金基金が、運用元本を失った。
「ニュースを見て、最初は他人事でした。年金基金の運用が、自分にどう関係するか、当時の私は、よくわかっていなかった」
年率10%超の運用実績、それを誰も疑わなかった構造
後の検証報道で、AIJ投資顧問は年率10%超の運用実績を継続的に提示していたと伝えられた。
当時の市場環境から見て、年率10%超は極めて高い水準。運用業界内でも、疑念は示されていたという。
「でも、運用先の基金側からは『AIJからの定期レポートで運用実績が確認されている』として、長年にわたり、資金が委託され続けた。レポートの数字が、結果として、嘘だった」
Jさんは、そう語る時、しばらく言葉を選んでいた。怒りというより、構造への戸惑いに近い表情だった。
2012年6月、浅川和彦社長の逮捕
2012年6月、警視庁は浅川和彦社長ら役員を、金融商品取引法違反(虚偽の運用実績報告)容疑で逮捕。2013年に起訴、2015年に浅川元社長への懲役15年の実刑判決が報じられた。
「逮捕の報道を見たときは、まだ、自分との関わりがピンと来ていなかった。それを実感したのは、退職して、企業年金の支給通知を受け取ったときでした」
2025年3月、退職通知の月額に、想定との差
2025年3月、Jさんは定年退職。3月末、企業年金の支給額通知が届いた。
「入社時に説明されていた、退職時の想定支給額より、月額換算で約3万円、低かった。最初は、計算ミスかと思いました」
会社の人事に問い合わせると、企業年金基金の運用実績が想定を下回ったため、と説明を受けた。さらに詳しく聞くと、AIJ事案で運用元本の一部を喪失したこと、その分が積立水準の悪化として、長期的に支給額に影響していること、が明らかになった。
「『あのニュースが、私の年金にも繋がっていたんだ』と、ようやく実感した瞬間でした」
月額3万円の差、20年で約720万円
月額3万円の減額。仮に退職後20年で計算すれば、合計約720万円相当。
本記事では、Jさんの現時点で確認できた減額分として300万円を記載した。残りは、将来の支給に応じて、長期で続いていく。
「自分が直接、AIJと契約したわけじゃない。それなのに、給与から天引きされていた企業年金の積み立てが、いつの間にか消えていた──この『間接被害』の構造は、被害者側からはほぼ見えないんです」
『誰も悪意がなかった』のに、消えた
Jさんが取材中、繰り返し口にしたのは、こんな言葉だった。
「基金の運用担当者も、悪意があったわけじゃない。会社の人事も、給与天引きで真面目に積み立てていただけ。私自身も、配られたレポートを真面目に見ていた。それなのに、運用先の1社の虚偽報告で、全員の積み立てが、長期的に影響を受ける──」
怒る相手が、構造の中で分散していた。
嘱託で週3日、技術伝承を続ける
退職金は受け取ったが、年金額が想定より下振れしている分、生活設計は再構築が必要になった。
Jさんが選んだのは、嘱託勤務の継続。週3日、後輩への技術伝承。月収は現役時代の3分の1程度だが、年金開始までの期間と、想定下振れ分を、緩やかに埋める形になっている。
「会社や同僚を恨んでいるわけじゃないんです。ただ、自分の老後資金の運用先を、自分で知っておくべきだった、というのは、後から強く感じています」
取材の最後に、Jさんが残した言葉
「企業年金・確定拠出年金・iDeCo──運用先が複数あるすべての制度で、加入者は『運用先の名前と直近の運用実績』を、最低でも年に1回、自分の目で見るべきです。私が現役の40年間、それを一度もしなかったこと。今、最も後悔しているのは、その点です」
振り返り:3つの教訓
1. 間接被害は気付きにくい。自分が直接契約していなくても、勤務先の企業年金・退職金制度・確定拠出年金の運用先に問題があれば、退職後に減額として表面化する。
2. 『年率10%超の安定運用』は、市場環境上ほぼ実現不可能。年金基金・運用機関の選定段階で『高すぎる利回り』は警戒シグナル。基金加入者として、年1回の運用報告書を必ず確認する習慣を作る。
3. 退職時に企業年金の支給額が当初想定から減額されていたら、減額の理由を書面で確認する。減額理由に運用先の事故が含まれていれば、消費生活センター・厚生労働省・弁護士への相談ルートで状況確認が可能。